時代に向かない聡明な少年たちのために

前回からまる一年が空いてしまった。そのあいだもニュースレターの使用料月9ドルが何事もなかったかのように、というか何事もなかったからこそ、引き落とされ続けている。何を思ってこのプラットフォームが「Ghost」を標榜しているのか知らないけれど、幽霊会員としてそれなりの額を巻き上げられている者としてはうらめしい。書こうと思っていたこともそれなりにメモしてはいたのだけれどただ億劫で書きませんでした。ふだん私は編集者として原稿を取り立てていますが、生活や仕事のかたわらで形にしている書き手のみなさんはえらいと思います。

生活が面白くなっちゃってる。それはある。生活が面白いと、言葉は後回しになる。読んだり書いたりするべき時間に、私はセカストやトレファクのオンラインページを眺めることに身をやつしてきた。服を明確に買いすぎていて、あまり誉められた傾向ではないのだけど、ものを見る目は少しずつ付いてきたように思う。

こと仕事について言えば、今年は手がけている本の8割方を重版することができたし、ベストセラーも出た「令和人文主義」の一角に数えられたりもしていたが、ともあれ、時流に乗れているといえるかもしれない。けど、みんなは私のことを書籍編集者として認識していると思うけれど、そして無論、全力を投じているつもりではあるけれど、もともとバンドをやっていた自分の主観的には本を作ってるのはあくまでバイト――あるいはライスワークであって、それとは別に自分は何かを作り上げなきゃいけないような気がいつもどこかでしている。もはやそんな実態はどこにもないのに。ただ、いずれにしてもニュースレターもそのうちのひとつではあるから、書かないことに後ろ髪を引かれる気持ちだけはあった。

今年の担当書はこれらと文庫版『この地獄を生きるのだ』の10冊

ひとつだけ書き残しておきたいこととして、今年はブライアン・ウィルソンが亡くなった。訃報のあと、さまざまな文章に触れた中で、米国の音楽批評家であるテッド・ジョイアが書いた追悼文が特に胸を打たれた。ブライアン・ウィルソンと同郷のテッド・ジョイアは、彼が自分にとってどんな存在だったかを長年書きあぐねている。実家から数百ヤードのところで生まれ育ち、同じハンバーガースタンドで食事をしたことや同じビーチに行ったことなど、具体的で物理的な繋がりを挙げることはできるし、そういう話を人々は面白がる。

だけど、ブライアンが自分に与えた本当の影響は「ひそやかなもの」だったと書いている。それは人知れず、心の奥底で、空想の中で、そして何よりも自分の部屋の中で起きたものだった。ブライアンがどういうわけだか、数々のヒット曲へと変えてしまった、何か。

私はその何かをたしかに知っている。『ひとり』というディスクガイドについて過去に紹介したけれど、パーソナルな部分に語りかけてくるもの……いや、そもそもそれ以前に「パーソナル」の輪郭を形作ってくれたのが、ブライアン・ウィルソンや、その他のいくつかの音楽なのであった。

「I Just Wasn't Made For These Times」という曲は、「僕はこういう時代に向いていなかったんだと思う」と歌う。自分の意見を言える場所を探し続けている。みんなは僕に頭が良いと言う。けど、何の役にも立たない。時々とても悲しい気持ちになる――「彼の音楽は、自分が奇妙な子供、風変わりな子供、誰にも理解されない少年であるという感覚に、何度も立ち返るのです」。ビートルズを含めた他の連中も彼の独創を真似したいと願ったが、スタジオや彼の部屋で彼が何をしているのか、到底理解できなかった。やがて弱点は強みへと変わっていった。それでも決して馴染むことはできないでしょう。みんなと同じにはなれない。それがブライアンの歌の語り手のように自分をとても悲しくさせることもあった。でも、自分には自分のやりたいことがあった。それを育てていこうと決心した。それが自分をどこへ連れて行ってくれるのか、見てみたかった――。

そのとおりだと思う。ブライアン・ウィルソンは時代のただなかにいたけれど、時代に向いているわけではなかった。その率直な魂に触れて、自分が何者かもわからないまま、彼の音楽の反響に身を震わせて、自分もティーンエイジシンフォニーを響かせたいと思った。そして私は今の私のようになったのだ。だから(使える道具はなんでも使うけれど、)令和人文主義であるかどうかなど本当はどうでもいいことです。時代にそぐわないという感覚をまず大切にする。このニュースレターもそのための部屋のひとつであればいい。108ドルの一年分の沈黙も含めて。

来年はこれまでと違う仕事への挑戦が始まる一年になりそうですが、それについてはまた追って。良い年をお迎えください。


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#8 意味のある舞い

2024年はお正月に北野武『首』を観て、荒川良々演じる清水宗治の、舞を踊って辞世の句を詠んで、「早く切腹しろよ」と呆れられながら死んでいく感じが印象に残りました。大きく分ければ、死を前にして、人生を意味づける舞を踊り句を詠みたい側に私たち文化系は属していると言えるでしょう。それを滑稽と切り捨てられるのが面白おかしく、また残酷なところであります。同じ頃、『葬送のフリーレン』を読み、坂本龍一の誕生日に上映された『async』の制作ドキュメンタリーとライブパフォーマンスを観ました。東日本大地震の慰安で避難所の体育館を訪れた坂本が「お寒いでしょう。走り回ったりでもしながら、気楽に聴いてください」と語りかけ、「戦場のメリークリスマス」を弾き始めるシーンは、一時代を画期した作品の力というものを感じるところでもありました。会場である歌舞伎町の109シネマズは坂本が音響監修をしており、上映前にはメッセージが流れ、生前最期の仕事のひとつになっています。若い頃はこういった物事の意義がいまいち掴めずにいたのですが、大きな仕事を成し遂げた先にはモニュメントを建てるといったフェイズがあることに気づくようになりま

#7 サンドイッチの発想と組み立て

ここ最近で感銘を受けた本は『サンドイッチの発想と組み立て』くらいしかないかもしれない。 サンドイッチの発想と組み立て | ナガタ ユイ |本 | 通販 | AmazonAmazonでナガタ ユイのサンドイッチの発想と組み立て。アマゾンならポイント還元本が多数。ナガタ ユイ作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お届けも可能。またサンドイッチの発想と組み立てもアマゾン配送商品なら通常配送無料。Amazonフォロー 料理書に似つかわしくない硬派なタイトルだが、10年前以上前に刊行されて版を重ねている定番書で、『デザートの発想と組み立て』『スパイス&ハーブ料理の発想と組み立て』『ハンバーガーの発想と組み立て』『ホットドッグの発想と組み立て』などシリーズになっている。 「定番サンドイッチの組み合わせの法則」と称した以下の表をもって、サンドイッチの構造と発展系を完全に理解することができた。 たしかに巷のサンドイッチはパンと食材のバランスが「パン>食材」「パン=食材」「パン<食材」になっているものがあり、パンの種類によって形が決まっているような気がする。この意識によってまず適切な作り方を選ぶことが

#5 「LIFE 再現ライブ」と『人生後半の戦略書』

8/31 小沢健二の「LIFE 再現ライブ」を観に武道館へ。 地元に「バカウケ先輩」という人がいて、今は東北のほうで子育てをしているのだけど、昔、『LIFE』を繰り返し聴きすぎてCDが二つに割れたと言っていた。私は、iPod世代だからCDが割れてしまったことはないのだけど(というか「テープが擦り切れる」ならよく言うが、CDが割れたというのはバカウケ先輩の例しか知らない)、『LIFE』は人生における再生回数の五指には入ると思う。そもそもなぜ聴きはじめたかといえば入学する高校のウィキペディアを見たら卒業生一覧にいたから。「川崎ノーザンソウル」と彼が呼ぶ(『ルポ川崎』参照)あの街で生まれ育ったことの空虚さを自分の境遇に重ねていた。結婚しても「それはちょっと」が人生のテーマ曲だ。30年前から聴いてる先達には及ばないけれど、自分なりに思い入れを抱いているつもりということ。 再現ライブといっても前半は『LIFE』以外の曲から。出囃子は「流星ビバップ」のインストをバックに大合唱。私も歌詞をすべて覚えている。「天使たちのシーン」や「大人になれば」(この曲だけピアノに渋谷毅!)なども披露されて、あり