#5 「LIFE 再現ライブ」と『人生後半の戦略書』
8/31 小沢健二の「LIFE 再現ライブ」を観に武道館へ。
地元に「バカウケ先輩」という人がいて、今は東北のほうで子育てをしているのだけど、昔、『LIFE』を繰り返し聴きすぎてCDが二つに割れたと言っていた。私は、iPod世代だからCDが割れてしまったことはないのだけど(というか「テープが擦り切れる」ならよく言うが、CDが割れたというのはバカウケ先輩の例しか知らない)、『LIFE』は人生における再生回数の五指には入ると思う。そもそもなぜ聴きはじめたかといえば入学する高校のウィキペディアを見たら卒業生一覧にいたから。「川崎ノーザンソウル」と彼が呼ぶ(『ルポ川崎』参照)あの街で生まれ育ったことの空虚さを自分の境遇に重ねていた。結婚しても「それはちょっと」が人生のテーマ曲だ。30年前から聴いてる先達には及ばないけれど、自分なりに思い入れを抱いているつもりということ。
再現ライブといっても前半は『LIFE』以外の曲から。出囃子は「流星ビバップ」のインストをバックに大合唱。私も歌詞をすべて覚えている。「天使たちのシーン」や「大人になれば」(この曲だけピアノに渋谷毅!)なども披露されて、ありがたかった。『LIFE』再現の本編に入り、なぜか逆順に演奏された、つまり「いちょう並木のセレナーデ(reprise)」から始まり「愛し愛されて生きるのだ」に至るまでの綺羅星のごとき楽曲に耳を傾けながら、最近読んでいる『人生後半の戦略書』のことを思い出していた。
その本によれば、分野を問わず、革新的で重要な業績はキャリアの早期に生まれ、創造的なピークを迎え、やがてパフォーマンスが低下していくのだという。飛ぶひとは落ちる。進化論を提唱したダーウィンは、自分のキャリアに失望しながら亡くなった。22歳の頃に動植物の標本を収集する航海の旅に出たときのことを「人生で間違いなく最重要だった出来事」と振り返っている。それから自説の研究に没頭し、代表作となる『種の起源』を刊行したのは50歳の頃だったが、この頃から研究は壁にぶつかり以降目新しい進展はなかった。名声や富を得ることはできたが、本人は気を落とし、喜びを感じることはなかった。友人には「人生はすっかり退屈なものになってしまった」と吐露していた。
重要な業績は人生の前半に生まれる。そんなことは今更説かれるまでもなく、音楽を多少聴いている者だったらすでに知っていることかもしれない。名盤とはおおむねファーストかセカンドアルバムのことだ。重要な作品はどれも昔の歳下が作ったものである。オザケンに関して言えば、活動再開以降の曲は正直よくわからない。最初のシングル3枚くらいは買った。でも何も特に言いたいことが浮かんでこない。先に述べたように、それなりにファンのはずなのに。とはいえ自分だけがそうかといえば、前半のセットで近年のいくつかの曲が披露された際、北西2階席の周囲でも隙を見計らうようにトイレに立つ人たちはいて、露骨すぎるだろと思いながらも離席するならそのタイミングしかないのはそうだった(とはいえ全身で楽しんでいることが伝わってくる人のほうが多数派だったことは申し添えておく)。
ただ、『人生後半の戦略書』のことを思い出していたのは、今は落ち目だと言いたいのではなくて、「重要な業績は人生の前半に生まれる」というのは実際そうだよなと、シンプルにそう思ったからだ。『LIFE』とその前後、20代にかけて送り出された作品群にはそれだけのパワーがある。ミュージック・マガジンのチャートでも1位なのはこの作品なのだから、客観的に言ってもそうだろう。自分自身でも重要だと思っているから、気合いの入った再現公演をやったのだろう。
そして30年後にも大切にしてもらうには、そもそも強度があることが大前提ではあるが、まず自分が生み出したものを大切にすることが大事なのだと思った。たとえば原盤権を自分で握る。リマスタリングして手入れする。当時の物語を都度言葉にし、神話化する。若い頃は「○周年デラックスエディション」みたいなものを単に「商売だなあ」としか捉えていなかったが、記念を祝うというのは文化に必要なことなのだとだんだんわかってきた。そしていちばん重要なこととして、途中で途切れたとしても活動を続ける。オアシスが再結成した。みんなオアシスの話だけをする。スーパーグラスの話をする人はいない。彼らは何かが途絶えてしまっている。
自分の人生へとフィードバックさせてみる。すでに自分も「人生の前半」を過ぎつつある。今後振り返ったとき、自分の人生のサイズなりに重要な物事はもう出揃っているのかもしれないと考えてみる。そうだとしたら、もっと大切にしていく必要があるんじゃないだろうか? 仕事についてはどうだろう。完成したらそれで終わりになりがちではないか。「大切にする」ことが具体的にどういうことなのかはこれからの課題としつつ、急速に過ぎ去る人生を思えば、迅速に考えなければならない。
お知らせ
・『東大ファッション論集中講義』が出ました
最新の担当書『東大ファッション論集中講義』が今週発売となりました。著者の平芳裕子先生が講義のシラバスをツイッターにアップした当初からずっと反響大きく、ファッションスタディーズへの関心の高まりを感じます。それを新書というコンパクトな形でまとめたのは実際画期的でもあり。もともとの熱を損なわなずに、それでいてキャッチーなパッケージングで送り出せたと感じています。
・『STATUS AND CULTURE』刊行記念イベントやります
著者のデーヴィッド・マークスさん、推薦文をいただいた栗野宏文さんのオンライントークショーが明日16日の19時より開催されます(アーカイブ配信有)。 blueprint book storeにて本書を購入された方が対象です。またとない特典となっているので、この機会に是非。
・バレアリック飲食店でBGM係をやります
こちらはまだ情報が出ていませんが、ニュースレター限定で先行して。9/28(土)夜に、豪徳寺にあるバレアリック飲食店にてBGM係を務めさせていただくことになりました。営業時間中に音楽をかけさせていただくというもので、イベントではないためチャージはありません。ブリージンでアップリフティングな選曲をしたいと思っております。私のほかにも何人かのBGM係をお呼びしていますし、なにより料理がおいしいので、気軽に遊びに来てください。
雑談したり、カルチャーの話をしたり、「ツラいっす」と吐露しあう Discordサーバーを運営しています。新規メンバーまだまだ募集中です! このあいだ、小規模ですが飲み会もやりました。20歳くらいの若者ふたりからいろいろな話を聞かせてもらえて、ありがたい機会でした。
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