#3 『STATUS AND CULTURE』出ました

STATUS AND CULTURE』が発売されました。

これがどういう本か、ひとことではいわく言い難い。こうして一冊にまとめてなおも捉えきれていないんじゃないかという感触がある。のだけれど、自分の人生に深く関係があることはわかる。そういう本を担当できたことは編集者としてもひと区切りついた感があった。

とりあえずの説明としては、本書は「なぜ文化(カルチャー)は時間の変化とともに移り変わるのか」という謎に迫っている。トレンドは一部の過激な行動から始まり、反発を生むが、徐々に許容され、一般化する。このサイクルには「ステイタス」という、「社会における各個人の重要度を示す見えない指標」を追い求めるプロセスがある。

前著の『AMETORA』も含めた本書の背景、そしておおまかな議論について、カルチャーを知悉する先輩、動物豆知識botさんに執筆いただいた。見事な紹介になっているので、ぜひご一読いただきたい。

カルチャー愛好家のための新たな重要文献|単行本|動物豆知識bot|webちくま
私たちのセンスやアイデンティティの起源から、流行の絶え間ないサイクルまで――〈文化という謎〉を解き明かすために、人間がもつ「ステイタス」への根源的な欲望を探求する話題の書『STATUS AND CULTURE』。本書を「サブカルチャー先端の現場に常にこの人あり」なインターネットユーザーとして知られる動物豆知識bot氏に読み解いていただいた。PR誌「ちくま」2024年8月号掲載の書評を大幅に増補加筆してお送りします。

我々(ここでいう「我々」は人類一般ではなく、このニュースレターを購読してくれるような近しい人々という、そのままの意味で)はカルチャー(これも文化一般というよりかは、ある種の「カルチャー」)についておしゃべりすることが大好きだ。「あのバンド、インディ時代は好きだったんだけど」「レトロ風喫茶店、古着で言ったらアニメT、90'sロックバンドT。創作餃子屋がハイプ」「谷根千あたりに出没するニューバランスを履いてる系ね」「『猫村さん』が面陳されていて相対性理論が流れてるスパイスカレー屋ですか」云々。何が「イン」で何が「アウト」かをめぐってやむことのない考察を繰り広げることができるはずだ。いやそんな話はしないという向きでも、数ある選択肢のなかからひとつを選び、そのことを誰かに伝える限りは決して無縁ではないのだ。本書はこうした議論に見通しを与える重要な諸概念をいくつも提供してくれる。一方で、こんなことを書いている自分にどこかうしろめたさを覚えるように、それはあけすけで、問題を含んだ営みでもある。ステイタスの力学を省み、その弊害を減らしながら、創造的で多様性のある文化のありかたを模索する一冊でもある。

気軽に買える値段ではないと思う(とはいえユニクロのシャツ1枚よりかは有意義な使い道だと思うのだが)。あらゆる費用の高騰とスケールの原理からどうしようもなくこの価格になった。だからなるべくよく検討してもらえるように、パッケージに説明を付したつもりだ。装丁は慶應義塾大学出版の美学シリーズと『流行通信』を手掛けられていた服部一成さんに「みすず書房とマガジンハウスの両方が同時にある本」というイメージでオーダーした。結果、長く読まれる基本書にふさわしいエターナルな佇まいに仕上がったと思う。我々(先ほどと同様の意味)が書棚に加えるこの手の翻訳単行本は、時間をかけて初版分を売り切る結果、品切重版未定、マーケットプレイスで定価以上〜数倍のプレ値という展開になりがちである(最近だと『ポストパンク・ジェネレーション』の中古価格や復刊要望が取り沙汰されている)。そうなってほしいわけではないが(嘘。先達のようになるのがカッコいいと思っている節は数%ある)、ありうる展開だとはぶっちゃけ思う。だからいやらしいけれど、持っておいたほうがいいよ〜とこっそり言う。

いや、それもまた本心ではなく、図書館で借りるなり、回し読みするなりなんなりどんな形であれ、読んでみてほしい。改めて書くけれど、問題含みでも、カルチャーについておしゃべりすることが好きだ。なぜおしゃべりすることが好きなのか。こんなことを仕事にまでしてしまったのはどうしてだろうか。それを通じてしか自分の輪郭をはっきりさせられない星の下に生まれてしまったから仕方がないだろう。いずれにしても、言うなればいつも遊んでるゲームに強力な新カードが登場したのだ。それをデッキに入れてみないわけがないじゃないか。


日記

7/24 『 STATUS AND CULTURE』の見本を受け取った。

7/25 水泳教室で、水着の前後ろを普段と逆にしてみたらたぶんこっちが正解の向きだったとわかった。

7/26 スリランカカレーを食べる。上司に『ボーイフレンド』を最近観てますという話をする。

7/27 フジロックの配信をチラチラ見て、日用品の買い出しに行く。暑さを感じる。今後の人生、やり過ごすことしかできないのだろうかと考える。

7/28 ばか暑いけど奮起して外出、自転車で高円寺へ。ファミレスギャザリングに参加する。「いい編集者はセンスのある柄シャツを着ているものだ」という格言を業界の大先輩にいただいた。

7/29 このニュースレターは「ghost」というプラットフォームを使っているのだが、いままではお試し期間で、実は月11ドルの使用料が発生することを知った。道理で高性能だと思った。元取れるくらいやれるか?

7/30 原稿が届き、次の大著の作業がキックオフしてしまった。

7/31 「ダンスフロアのぺぺ・トルメント・アスカラール」へ。

8/1 『呪術廻戦』最新刊を読み、「ザ・センターマン」とか「ジャカジャカジャンケン」とか、作者は同じものを見てきた同年代なんだということを強く感じた。そして、こんなに活躍していてすごいよと思う。土俵が違っても思う。

8/3 毎年8月3日に着る用のTシャツを持っていて、二年目のこの日も着た。暇を訴えていたら編集者の竹田純さんが声をかけてくれて、カレーを食べた。


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#5 「LIFE 再現ライブ」と『人生後半の戦略書』

8/31 小沢健二の「LIFE 再現ライブ」を観に武道館へ。 地元に「バカウケ先輩」という人がいて、今は東北のほうで子育てをしているのだけど、昔、『LIFE』を繰り返し聴きすぎてCDが二つに割れたと言っていた。私は、iPod世代だからCDが割れてしまったことはないのだけど(というか「テープが擦り切れる」ならよく言うが、CDが割れたというのはバカウケ先輩の例しか知らない)、『LIFE』は人生における再生回数の五指には入ると思う。そもそもなぜ聴きはじめたかといえば入学する高校のウィキペディアを見たら卒業生一覧にいたから。「川崎ノーザンソウル」と彼が呼ぶ(『ルポ川崎』参照)あの街で生まれ育ったことの空虚さを自分の境遇に重ねていた。結婚しても「それはちょっと」が人生のテーマ曲だ。30年前から聴いてる先達には及ばないけれど、自分なりに思い入れを抱いているつもりということ。 再現ライブといっても前半は『LIFE』以外の曲から。出囃子は「流星ビバップ」のインストをバックに大合唱。私も歌詞をすべて覚えている。「天使たちのシーン」や「大人になれば」(この曲だけピアノに渋谷毅!)なども披露されて、あり

#4 『ひとり』というディスクガイド

『ひとり』というディスクガイドを薦めていただいて読んだ。読んだというかまずはひと通り眺めて、目についたレコードを探してみたりした。 本書は90年代におけるリスニング文化に大きな影響を残したとされる『モンド・ミュージック』の編著者、ガジェット4が1999年に刊行したディスクガイドの新装版として、四半世紀ぶりに送り出された。「クラブで踊るためでもなければ、ライヴハウスで騒ぐためでもない、ひとりの雰囲気を持つ音楽」が集められているが、いかにも静謐なフォークミュージックもあれば騒々しいオルタナティヴロックもあるし、ソロもあればバンドもあり、知る人ぞ知るレコードもあれば、ゴールドディスク級の有名作もある。だから、作品の雰囲気や知名度がまったく関係ないということもないけれど、どちらかといえば聴取する側の「ありかた」としての「ひとり」を問いなおすような一冊になっている。選盤の紹介文もバイオグラフィなどのデータ的なものではなく、個々の評者がどう感じているかに重心を置いているように見える。 カンパニー社の工藤遥さんによる解説に書かれていたが、現代は「みんなにとっては重要かもしれない再生回数だの影響力

#2「2000年代Jポップ・ベスト・ソングス100」に載ってた・載らなかった何曲かについて思い出すこと

今月の『ミュージックマガジン』が「2000年代Jポップ・ベスト・ソングス100」という大変楽しそうな特集で、タワレコで見かけてさっそく購入した。ゼロ年代とは私にとっては10代をまるまる伴走したディケイドであり、純情な季節を相模原近郊の歴史をもたないニュータウンで過ごすことは、野蛮であり、愛であった。 思春期をゼロ年代に郊外で過ごしたことを、戦中派みたいに引きずり続けるんだろうな。 — 方便 (@ryohoben) March 28, 2020 表紙からてっきりキリンジのあの曲が1位なのだと早合点していたがそうではなかった。実際の1位は私も1位だと思う(万能初歩さんのレビューも素晴らしい)。あの曲はメロディのポリリズム(言っちゃった)もさることながら、サビの、メロディとは裏腹に下降しそうで下降しないベースラインがスリリングで感動的だと思うんですけど、どうですか? 自分が投票できる立場だったなら2位はTOKIO「AMBITIOUS JAPAN!」に入れただろうか。東海道新幹線品川駅の開業を記念したタイアップソングだが、愛知県で行われた愛・地球博との関係もあり長期のキャンペーンが展